2011年3月9日水曜日

雑談の粗探しをする人たち

深夜、中欧旅行中に使ったトイレットペーパーについてツイートしたら反響があり、そこから日本製品の輸出に関する話になった。
前々からtogetterを使ってみたかったのでこの機会に使ってみた。

【togetter】もしかして日本はシンプルなものを輸出できるんじゃない?

とりあえずそこそこPV伸びてるようでコメントもつき始めた。
でも、ブレスト程度の雑談に対して「ここに穴があるじゃないか」みたいなことを言ってくる人って何なんだろうね。ただの問題提起なのに。



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2011年2月18日金曜日

練習をサボる選手

スポーツにおいて、実力はあるが練習をサボる選手を試合に出す/出さないということは賛否両論だろう。中学校や高校の部活などでは学校教育の一環であるという考え方からか、そういった選手を試合に出さないことが多いようだ。

僕の場合、そういった選手を試合に出すべきでない理由は別にあると思っている。
僕が今やっているスポーツ、アイスホッケーを例として挙げるが、他のスポーツでも根本の部分は同じだろう。

団体競技の場合、試合に臨むときにある程度チームの方針を立て、それを全選手が共有し、それに沿って試合を組み立てる。
アイスホッケーでは、攻める方針一つ取ってもさまざまなバリエーションがある。
細かくパスをつないで攻めるのか、敵陣にパックを放り込んでプレッシャーをかけるのか、それともスペースにパックを出して走り込むのか、といった具合である。
パックを持っている選手も持っていない選手も、最初に立てた方針に従って動く。

こういったチーム内の共通理解を作っていく場が練習なのだ。練習をサボる選手が試合に出ると、こういった共通理解を共有できていない場合が多く、独り善がりなプレーに陥りやすい。そうなると他の選手の士気は著しく低下し、結果として他の選手のパフォーマンスは落ち、チームにとってはマイナスになる。

だから僕は練習をサボる選手を試合に出すべきではないと思う。



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2011年2月13日日曜日

地方におけるtwitter

前回のエントリでは、twitterが人間関係を変えていく可能性について書いた。
では実際twitterはどのくらい浸透しているのか?

ここに都道府県ごとのtwitter普及率を示したデータがある(どういった方法で調査したのかは不明だが)。見ての通り、1位の東京都でもわずか15.2%、政令指定都市を持たない都道府県で5%を上回るところはない。普段使用していると想像できないが、実はこんなにも普及していない。

ただ、これは年末年始、実家のある香川(普及率2.9%)に帰省したときの実感と一致する。親戚、知人、誰もアカウントを持っていないのだ。実際、中学時代の同級生をはじめ、自分と同世代の人たちのアカウントを探してみたのだが、一向に見つからない。

その理由を探るうち、従兄(30歳)に言われたことが、割と本質を突いているのではないかと思った。

「twitterは都市部の人たちが使うツールでしょ。ここでは別に仕事や地元でのつながりがあるから必要ない。」

なるほど。たぶんこれは他の地方にも共通したことなのだろう。twitterはまだ地方にまでは浸透していないようだ。

2011年2月11日金曜日

twitterが人間関係を変える

最近、知らない人と会うことが多い。というと誤解を招くようだが、オンラインでよく会話する人とオフラインで会う機会が増えたということだ。今年に入って学内でtwitterを利用する人の集まりに参加したり、オフ会に参加するために東京まで行ったり。来週もこんなことをやろうとしている。

思うに、知っている人/知らない人という区分はもはやナンセンスなのではないか。twitterの登場で、人と会う敷居はだいぶ下がった気がする。過去のツイートを(blogを持っている人の場合は過去のエントリも)見れば、その人となりはある程度わかってきて、そこから話題を作ることもできるようになってくる。

人間関係の作り方が変わってきて、自分の居場所を多く作れるようになれば、もっともっと楽しくなる気がする。

2011年2月5日土曜日

怒りのエネルギー

大阪府の橋下知事がtwitterを始めた。2か月間限定のアカウントだそうだが、RTによる拡散の影響力の大きさにも気づいたようで、気が変わって続けてくれることを期待したい。

さて、ツイートの内容は大阪都構想、大阪府と大阪市の二重行政、政治家と公務員のあり方などについてで、参考になることも多い。
さて、知事がtwitterを始めたのは、自分の受けたインタビューの内容をいい加減編集されて放送されたことへの怒りがきっかけらしい。取材した内容をいい加減にまとめて番組や記事を作ると、このような形で暴露されるということで、良質な番組・記事が増えればいいことだ。

今回再認識したのは、怒りのエネルギーは使いようによってはプラスの力を生むということ。僕がblogを開設したのも、利用者を危険にさらすmixi運営部への怒りからだった(そういえばメアドでユーザー検索の機能、復活してます。アカウント放置している人はご注意!)。怒りの力が漲っているときは記事を書くのも早い。ただ、勢いだけで書いてしまうと文章がボロボロだったりするので、一呼吸おいて見直すことも必要か。



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書くしかない(QuickPress投稿テスト)

投稿テストを含めると今回が10個目のエントリ。書き上げるのに要する時間も短くなり、やっと少しずつ方向性が定まってきた気がする。
ただ、他のブロガーさんのエントリと見比べてみると、まだまだ稚拙さが拭えない。文章構成もまだまだ改善の余地があるし、インパクトも弱い。
じゃあどうすればいいか。とりあえず書く習慣をつけるしかないんじゃないか、と思う。指が覚えるまで書き続けるしかないんじゃないか、と。
とりあえず思いついたまま書いていこうと思います。

2011年1月28日金曜日

ある大学生のミスと、傲慢な大学院

今日はこの件について。状況がはっきりしない時点でRTした私も軽率だったと思っている。

合格通知の電話を取れなかったことで大学院の追加合格を取り消された大学生のツイートをきっかけに広がった今回の騒動。
件の彼とは面識はないが相互フォローしており、ツイートの内容も興味深く、参考になることも多いだけに気の毒だ。

連絡に気づかなかったことに関しては彼のミスである。ただ、大学院側のやり方に問題はなかったのだろうか?

合格発表があったのは平日の10時半。彼に電話があったのが10時45分で、大学院側は11時15分までに折り返し電話するよう求めている。
この時間帯であれば大学生の多くは講義を受けているだろうし、一月下旬なのでちょうど期末試験の時間帯であることも大いにありうる。
にもかかわらずこのような形で合格通知をするということは、「うちの大学院に入りたければ講義や試験があろうと欠席して電話待ってるよね?」という意思の表れではないだろうか。

このような傲慢なやり方はこの大学院に限った話なのだろうか。こういうやり方が長年続いているのだとしたら、これも悪い伝統のように思う。