2011年1月24日月曜日

悪い伝統がなくならない理由

伝統の一戦、体育会系、終身雇用、年功序列、……。この国ではとにかく「伝統」が重視される。たいていそういう伝統は、「今までみんなこうだったんだから」や「自分のときはこうだったんだから」、あるいは「これがここの伝統だから」という、一見もっともらしい理由がつけられて、次の世代へ受け継がれていく。

その中には一目見て不合理とわかるものもある。当事者のほとんどはそれに気づいているのに、悪い伝統がなかなかなくならない。伝統的なものを変えようとすること自体が「悪」だとみなされる。

その理由を考えてみて行き着いたのは、変える決断の責任は一人に集中し、変えない決断の責任は分散されて一人当たりほぼゼロになるということ。背景にあるのは、変えることは決断で、変えないことは決断じゃないという考え方なんじゃないだろうか。

もちろん、伝統が始まったときはそれが合理的だったんだろう。でも、時間とともに周囲を取り巻く状況は変化する。その度に伝統を見直さないのは怠慢でしかない。「伝統だから」で済ませるのは、自分が変えない決断をした責任を先人たちに押し付けて逃げてるだけだし、「自分のときはこうだったんだから」と次の世代に押し付けるのは、状況の変化に気づいてないだけだろう。



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3 件のコメント:

  1. [...] このような傲慢なやり方はこの大学院に限った話なのだろうか。こういうやり方が長年続いているのだとしたら、これも悪い伝統のように思う。 カテゴリー: 社会   パーマリンク ← 悪い伝統がなくならない理由 LikeBe the first to like this . [...]

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  2. 死ぬほど困る状況にまで一般大衆が追い込まれたことが無いという、ある意味過去の幸福が、「変革を決定できない日本」の災いのタネになったのでしょうね。
    ご年配の方々は、今後も日本人が死ぬほど困るとは思っていないようだし・・。
    ある程度死を予感する状況になったとこで、気づいている我々が一気に変革のテコを動かすしかないでしょう。
    お互いそれまで辛抱ですね。

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  3. 若い世代はこのままじゃダメだと気づいていますね。
    とりあえず思考停止に陥らないことが大事ですね。

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